「売れそうにない実家を相続したくない」という理由で相続放棄を考える方は多くいます。ただ、放棄には撤回できない、財産をひとつも選べない、次の順位の親族に相続権が移るという3つの重い性質があります。
もうひとつ見落とされやすいのが、放棄しても実家の管理から完全に解放されるとは限らないという点です。民法では、放棄の時にその財産を現に占有していた人には、引き渡すまでの間の保存義務が定められています。
この記事では、放棄の効果とデメリット、期限と手続き、判断する前に確認することを整理します。当サイトは弁護士事務所ではなく、公的資料を確認して実家じまいの実務をまとめているガイドです。個別の判断は必ず弁護士や司法書士にご相談ください。手続き全体の期限は相続手続きの期限一覧|起算点と後回しにできない順番をご覧ください。
相続放棄で何が起きるのか

民法では、相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなすと定められています。つまり、実家だけを手放して預貯金は受け取る、という選び方はできません。プラスの財産もマイナスの財産も、まとめて受け取らないという選択になります。手続きは家庭裁判所への申述で、相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならないとされています。「いらないと親族に伝えた」だけでは放棄になりません。

放棄すると引き継がなくなるもの
- 実家の土地と建物:手放したかったものです
- 預貯金や有価証券:こちらも受け取れません
- 自動車、貴金属、家財:財産にあたるものすべて
- 借入金や保証債務:これは引き継がなくて済みます
一方、放棄しても受け取れる場合があるものもあります。生命保険金は、受取人が指定されていれば受取人固有の財産として扱われるのが一般的です。未支給年金は、国民年金法で、亡くなった受給権者の配偶者、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹またはこれらの者以外の三親等内の親族であって、その死亡の当時その受給権者と生計を同じくしていたものは、自己の名で、その未支給の年金の支給を請求することができるとされており、相続財産として引き継ぐものではありません。契約や制度の内容を確認してください。判断に迷うときは専門家に聞くのが確実です。
3つの大きなデメリット

放棄で重いのは、撤回できないこと、次の順位の人に相続権が移ること、財産をひとつも選べないことの3つです。実家に田や畑がついてきた場合も、農地だけを選んで放棄することはできません。農地の手続きと手放す選択肢は農地を相続したときの手続き|届出の出し方と手放す選択肢にまとめてあります。民法では、相続の承認および放棄は、熟慮期間内でも撤回することができないとされています(熟慮期間とは、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月のことです。この期間が伸長された場合も同じです)。あとから価値のある財産が見つかっても、撤回はできません。また、同じ順位の相続人が全員放棄して誰もいなくなると、次の順位の親族が相続人になります。自分は楽になっても、祖父母や、おじ・おばに話が回るという形です。連絡せずに進めると、相手は督促状で初めて知ることになります。
撤回できない
一度申述が受理されると、気が変わっても戻せません。ただし、詐欺や強迫による場合など、民法の総則や親族編の規定によって取消しができる場合はあります。その取消権は、追認をすることができる時から6か月間行使しないときは時効によって消滅し、承認または放棄の時から10年を経過したときも同様とされています。
次の順位の人に相続権が移る
相続人の順位は、配偶者は常に相続人で、そのほかは子、直系尊属(父母や祖父母)、兄弟姉妹の順です。ここでの続柄は、いずれも亡くなった方から見たものです。子が全員放棄すれば亡くなった方の父母へ、父母がいなければその祖父母へ、直系尊属が誰もいなければ亡くなった方の兄弟姉妹へ移ります。
知らせないまま放棄すると、ある日突然、おじやおばに督促が届くということが起こります。放棄する前に、次の順位になる親族へ連絡しておいてください。
財産を選べない
「実家はいらないが、母の指輪だけは受け取りたい」という選び方はできません。財産の全部または一部を処分したときは、単純承認をしたものとみなされます(保存行為と一定の期間を超えない賃貸は除きます)。形見分けのつもりで持ち帰った品が、この「処分」にあたると判断される可能性があります。
判断が微妙なところなので、放棄を考えているなら、実家から何も持ち出さないのが安全です。
放棄しても保存義務が残ることがある

いちばん誤解されやすいのがここです。民法では、相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人または相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならないとされています。放棄すれば自動的に無関係になる、というわけではありません。とくに実家に住んでいた、鍵を持って管理していたという場合は、この規定が関わってきます。

誰に引き渡すのか
引き渡す相手は、放棄しなかった相続人(同じ順位に相続する人が残っていればその人、全員が放棄していれば次の順位の人)か、相続財産の清算人です。全員が放棄して相続人がいなくなった場合、民法では相続人のあることが明らかでないときは、相続財産は法人とするとされ、家庭裁判所が利害関係人または検察官の請求によって相続財産の清算人を選任しなければならないと定められています。
清算人の選任には申立てが必要で、予納金を求められることがあります。放棄すれば費用がかからない、とは限らないという点は知っておいてください。
「現に占有している」とはどういう状態か
条文は「現に占有しているとき」と書いています。実家に住んでいた、鍵を持って出入りしていた、家財を管理していたという状態が、これにあたる可能性があります。
一方、何十年も帰っておらず、鍵も持っていないという場合は、事情が違ってきます。どちらにあたるかは個別の事情で判断が分かれるため、心当たりがあるなら弁護士に確認してください。
空き家として残る場合
相続人全員が放棄しても、建物がなくなるわけではありません。近隣に迷惑がかかる状態なら、市区町村から連絡が来ることもあります。放置した場合に何が起きるかは空き家を放置するとどうなる?税金・罰則・近隣トラブルにまとめています。
(出典)e-Gov法令検索:民法
実家だけを手放す方法はあるか

「実家はいらないが預貯金は受け取りたい」という希望に、相続放棄は使えません。ただ、土地だけを国に引き取ってもらう制度が用意されています。相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律にもとづく仕組みで、一般に相続土地国庫帰属制度と呼ばれています。相続または遺贈により土地の所有権を取得した相続人が、法務大臣に対して国庫への帰属の承認を申請できるとされています。ただし要件があり、承認されれば負担金を納めることになります。建物が建っている土地は対象外とされている点にも注意が必要です。
使えるかどうかの目安
- 土地であること:建物があるなら先に解体が必要です
- 相続または遺贈で取得した土地であること
- 要件を満たすこと:担保権が設定されている、境界が明らかでないなど、対象にならない土地があります
- 審査と負担金がある:申請すれば必ず通るものではありません
- 申請先は法務大臣:実際の窓口は、土地の所在地を管轄する法務局・地方法務局の本局です
解体してから申請するなら、その費用も見込む必要があります。解体費用の考え方は家の解体費用はいくら?内訳と見積もりの比べ方にまとめています。
(出典)e-Gov法令検索:相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律
期限と手続きの流れ

期限は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内です。「亡くなった日から3か月」ではありません。この期間は、利害関係人または検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができるとされています。財産の調査が終わらないなら、期間内に伸長を申し立てる方法があります。相続人は、承認または放棄をする前に相続財産の調査をすることができるとも定められているので、まず調べてから決めてください。
手続きの順番
- 相続人と財産を調べる:戸籍をたどり、預貯金と借入金を洗い出します
- 放棄するか決める:プラスとマイナスを比べます
- 必要書類をそろえる:戸籍謄本、住民票の除票など
- 家庭裁判所へ申述する:亡くなった方の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です
- 照会書に回答する:裁判所から届く質問に答えます
- 受理通知を受け取る:これで手続きが完了します
申述してから受理されるまで
申述書を出すと、家庭裁判所から照会書が届きます。いつ相続を知ったか、財産に手をつけていないかといった質問に答えて返送する形です。
ここで「家財を売った」「預金を使った」と答えると、受理されないことがあります。正直に書いたうえで、事情があるなら弁護士に相談してください。受理されると、相続放棄申述受理通知書が届きます。債権者から督促が来たときは、この通知書の写しを示します。債権者によっては、家庭裁判所に申請して交付を受ける相続放棄申述受理証明書を求められることがあります。
期限に間に合わないとき
3か月を過ぎると、単純承認をしたものとみなされます。ただし、借金の存在をまったく知らなかったなど、事情によっては期限後の申述が受理される例もあります。
気づいた時点ですぐに弁護士へ相談してください。時間が経つほど選べる手が減ります。
必要になる書類
| 書類 | どこで取るか |
|---|---|
| 相続放棄の申述書 | 申述先の家庭裁判所 |
| 亡くなった方の住民票の除票または戸籍の附票(どちらか一方) | 除票は最後の住所地、附票は本籍地の市区町村 |
| 申述人の戸籍謄本 | 本籍地の市区町村 |
| 亡くなった方の死亡の記載がある戸籍謄本 | 本籍地の市区町村 |
順位によって、追加で必要になる戸籍があります。子が放棄したあとに亡くなった方の父母が申述する場合などは、そろえる戸籍が増えます。
かかるお金の内訳
家庭裁判所に納めるのは、収入印紙と郵便切手です(郵便局などで購入できます)。金額は申述先の家庭裁判所に確認してください。弁護士や司法書士に依頼する場合は、その報酬が加わります。相続人が複数いる場合、まとめて依頼すると1人あたりの負担が下がることがあります。
放棄の前に検討したい選択肢

放棄以外にも道があります。限定承認、そのまま相続して売却、相続土地国庫帰属制度などです。限定承認は、プラスの財産の範囲でマイナスの財産を引き継ぐ方法で、相続人全員で申述する必要があります。ひとりでも反対すると使えません。売れる見込みがあり、借金が売却代金を上回らないなら、相続してから売るほうが手元にお金が残ることがあります。「売れないから放棄」と決める前に、いくらで売れそうかを調べてください。手取りと費用を並べてから決めるほうが、あとで悔やみません。
検討する順番
| 選択肢 | 向いている場合 | 注意点 |
|---|---|---|
| そのまま相続して売る | 売れる見込みがある | 名義変更と売却に時間がかかります |
| そのまま相続して活用する | 貸せる、使える | 管理の手間と費用が続きます |
| 限定承認 | 借金の額が分からない | 相続人全員での申述が必要です |
| 相続放棄 | 明らかに債務超過 | 撤回できず、次の順位へ移ります |
| 相続土地国庫帰属制度 | 土地だけを手放したい | 要件と負担金があります |
売れるかどうかを先に調べる
「田舎の実家は売れない」と思い込んでいるだけ、ということもあります。不動産会社に査定を頼むのは無料であることが多く、相場を聞くだけでも判断の材料になります。
売り方の選択肢は空き家の売却方法は?仲介と買取の選び方と流れ、売ったときの税金は相続した家を売るときの税金は?控除と計算の順番にまとめています。
費用を比べる
放棄しても、清算人の選任で予納金がかかることがあります。相続して売却した場合の手取りと、放棄にかかる費用を比べると、判断の材料がそろいます。解体して土地だけにする方法もあり、費用は家の解体費用はいくら?内訳と見積もりの比べ方で扱っています。
実家じまいとの関係で気をつけること

放棄を考えている間は、実家の家財に手をつけないでください。片付けのつもりで家具を売る、家電を処分する、預金を引き出して費用に充てるといった行為が、財産の処分とみなされる可能性があります。とはいえ、放置すれば家は傷みます。判断がつくまでは、鍵の管理と最低限の見回りにとどめるのが現実的です。どこまでが保存行為にあたるかは、状況によって評価が分かれます。迷ったら、動く前に弁護士へ確認してください。「これくらいなら大丈夫だろう」という自己判断が、いちばん危ないところです。放棄を検討していることは、次の順位になる親族にも伝えておいてください。
やってよいことと避けること
- やってよい:鍵の管理、郵便物の確認、雨漏りの応急処置などの保存行為
- 避ける:家財の売却、家電や家具の処分、預貯金の引き出しと使用
- 避ける:形見として品物を持ち帰ること
- 避ける:契約の解約手続きのうち、財産の処分にあたりうるもの
- 確認する:判断がつかない行為は、事前に弁護士へ
片付けを始めてよいかどうかは、放棄するかどうかが決まってからです。順番は実家の片付けはどこから?迷わない順番と進め方にまとめています。
きょうだいで話すときの伝え方
放棄は自分ひとりで決められる手続きですが、黙って進めると関係がこじれます。相続権が次の順位に移るためで、きょうだいが全員放棄すれば祖父母や、おじ・おばへと話が回っていきます。連絡は法律上の義務ではありませんが、あとから督促状が届いて初めて知るという形になると、事情を説明する機会すら失われます。決める前に、少なくとも次の順位になる人には伝えてください。
伝えるときに用意しておくこと
- 財産の一覧:プラスとマイナスを書き出したもの
- 放棄を考える理由:借金の額、売れる見込みなど
- 期限:自分がいつまでに決めなければならないか
- 相手に何が起きるか:次の順位に移ることを説明します
- 相談先:弁護士や司法書士に一緒に相談する提案
感情の話になりやすい場面です。数字を先に共有しておくと、話し合いが具体的になります。
まとめ:撤回できないので、調べてから決める
相続放棄のデメリットは、撤回できない、財産をひとつも選べない、次の順位の親族に相続権が移るという3つです。加えて、放棄の時に財産を現に占有していたなら、引き渡すまでの間の保存義務が残ります。手続きの前に、「放棄すれば実家と縁が切れる」とは限らないことを知っておいてください。相続人が全員放棄すると、家庭裁判所に相続財産の清算人を選任してもらう流れになり、その申立てで予納金を求められることもあります。
期限は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月です。調査が終わらないなら、期間内に家庭裁判所へ伸長を申し立てる方法があります。放棄を考えている間は、実家の家財に手をつけないでください。処分は単純承認とみなされる可能性があります。
決める前に、いくらで売れそうかを調べてください。売れる見込みがあり、借金が売却代金を上回らないなら、相続して売るほうが手元にお金が残ることがあります。土地だけを手放したいなら、相続土地国庫帰属制度という道もあります。次の順位になる親族への連絡も忘れないでください。黙って進めると、督促状が届いて初めて知る、という形になります。
この記事では、放棄の申述書の書き方や、限定承認の詳しい手続きは扱っていません。手続き全体の期限は相続手続きの期限一覧|起算点と後回しにできない順番、名義変更は相続登記は自分でできる?必要書類と費用・手順をご覧ください。
放棄は、後ろめたい選択ではありません。ただ、戻せない決断ではあります。調べたうえで選べば、あとから悔やむことは少なくなります。

